メディアとパクリパクられについて

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いやぁ、毎日ブログを書くって無理。raf00です。(2日にしていきなり10月目標敗北宣言)

さて、facebookを見ておりましたところ、nanapiのけんすうさんが「NAVERまとめにコンテンツをパクられた!」という発言をされており、これをきっかけとして「パクリパクられの程度問題」に関する議論が巻き起こっているようです。地球マークは公開議論、ということで。
古川 健介 – なんかそれなりにバズってるけど、ほぼnanapiのコンテンツなんだよなあ。。 うーん( ˘•ω•˘… | Facebook

簡単に経緯を説明すると、

・ソース不明
ポカリスエット+レッドブルのカクテルで一日元気長持ち、というアイディアが投下され、レッドブル本社にRTされて半公式レシピに。

・2012年6月5日、@shi0risanが上記のレシピが流行しているとTweet。26000件のRTが発生する。

・各情報まとめメディアがこの情報を元に記事を作成する。nanapiは2012年6月9日時点で下記の記事をアップ。
翼を授ける!レッドブルをもっと効果的に飲む方法 | nanapi

・以後もレッドブルカクテルの情報は様々なブログ・Twitterで継続的に言及され続ける。

・2013年2月26日、Naverまとめでnanapiの記事と写真を大胆にパクッたまとめが作成される
【半公式】レッドブルの効果が長続きする飲み方
作成後、じわじわとアクセスを集め続けるロングヒットまとめになっていることが、この記事の言及Tweetからわかる

・2013年10月2日、けんすうさんが発見、ブクマする。はてブが一気に増加し拡散される。

・2013年10月2日、けんすうさんfacebookでボヤく。

といった感じでしょうか。
議論の詳細についてはfacebookをご覧いただくとして、これって結構真面目に考えるべき話だなぁと思います。

まず気になるのは議論の中でけんすうさんが発言されているこの点。

いやぁ、アイディアとかはそうなんですけど、程度だと思ってて、画像をとってわかりやすくする、みたいなとこがそのまま引っ張られると価値の差が出せないんすよね、、

この「アイディアとかはそうなんですけど」というのは直前の山本一郎さんの指摘、「それ以前に、nanapiのコンテンツだって何割かは他から引っ張ってきたネタ膨らませてるだろ。蜘蛛の糸だよ。」という発言にかかっています。けんすうさんの視点としては「アイディアをパクるのは程度問題で本件に関しnanapiに問題はない」と考えられているかと思うのですが、これって良いのかと。

ここで改めてnanapiの記事を見てみると、
「この方法は、現場スタッフが発案した方法で、レッドブル社の公式Twitterでも紹介された半公式(?)な方法らしいですよ。」とだけ記載されており、ネタの引用元については一切記載されていない完全オリジナル記事のような体裁を持っています。
発言元の@shi0risanの名前は明らかになっていませんし、@shi0risanさんのTweetの中でよくわからなかった「現場スタッフって誰?なんの現場のどの会社のスタッフ?」という点も全く追求がありません(というところがraf00もソースをあたりきれなかったところなのですが)。

アイディア元である@shi0risanさんの発言(あるいはそのさらに元となる「現場スタッフ」さん)を無視して作成された諸記事については「程度問題」としてOKであると判断されているようですし、WEBサービス屋としてのけんすうさんは前後の発言で、問題のNaverまとめに関してすら問題ない、とされていますが、nanapiや2chまとめ、さらには個人ブログまでを含む諸まとめサイト全体の問題としては結構悩ましいところだと思います。

(けんすうさんのもう一方の悩み、「パクりパクられるインターネットにおいて、パクッたりパクられたりする商業メディアはどのように負けないようにすべきか」については、「パクリパクられ部分を程度問題として除外してしまうならば、単純にSEOで勝ち、固定読者を抱えることで勝ち、同じ情報を扱っていても『選ばれるメディア』になるしかなかろう」と思います。いやもうほんと、単純にそこしかないでしょう)

さて、パクリパクられというのはインターネットの昔から抱えている問題ですが、情報を発信する、あるいは言及する、さらには拡散する全ての立場にとって他人事ではありません。
件のNaverまとめのように画像をパクったりするのは論外としても、アイディアレベルであればパクっても良いのか、商用であれば許されず個人メディアであれば許されるのか、引用元さえ提示すればパクっても良いのか、どこからがオリジナルで、どこからがパクリになってしまうのか、まとめとパクリを「程度問題」で判別する基準をどこに持つのか。

シビアに考えていくとどこかで自分自身も痛い部分が見つかってしまう話ではあると思います。積極果敢にネットの情報に触れている人ほど他人事ではない話でもあります。しかしこの話は網の目のようにつながりあったインターネットあるいは「メディア」を考える上で避けて通れません。
パクる…とまではいかずとも、情報を一ところに集めノイズを除去して統一したフォーマットで閲覧できる というメリットを活かしたサービスはたくさんあり、我々はそれを便利に使っているという側面もあります(nanapiなどはまさにそれを狙った媒体だと思いますし実際便利です)。それらを含め、何がよくて何が悪いのかというのは追求していく必要があると思います。

今回、けんすうさんはそのテーマの扉を開いてくれたなと思います。氏が発言主ですが、氏だけがあれこれ言われるべき話ではなく、いろいろと考え始めるにあたって良いきっかけになったなぁと感じています。
ちょっとこのテーマ、考えてみたいものです。

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