マッチョすぎるマッチョ、その名はコンビニ店長

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ひょっとして俺はマッチョだったのでは – 24時間残念営業

前回エントリに反応していただいたのですが、予想以上のマッチョっぷりでありました。
素晴らしい。素晴らしいのでさらに反応してなんか書かないわけにいかないのです。

さて、コンビニ店長が文章を書き始めた理由が「親が購入したワープロが回ってきたから」というのを聞いてかなり驚きました。実は俺もそっくり似た時期があったのです。忘れもしない中3の頃、パソコン欲しいパソコン欲しいと思いながらも図書室で眺めるOh!PCに載った憧れのPC98のお値段はとてもじゃないけど親にねだれるようなものではなく、鬱憤をノートにぶつけまくっていた折、父親がワープロを買ってきたという。

書きました。超書きました。ファンタジー小説やら思いの丈をぶつけまくった恥ずかしいコラムやら好きな作家の文章をそっくりそのままワープロで写経してみたりとか。高校に入った頃には買っておいたフロッピーディスク10枚が全部フルになっていたので、相当書きまくっていたと思います。アホかと。あぁ当時の中学の仲の良い友達たちを登場人物にしてスタンド・バイ・ミー的な「特にファンタジーさも何もない旅」をしながらどんどん惨殺されていく小説とか書いて回し読みさせてたなぁ。

そして高校時代はTRPGに明け暮れていて、会報やら手紙やらを書きまくり、いつのまにか気付いたら雑誌に文章を書くようになったのですが、それはともかくとしても、なんかとにかく「ワープロで文章を書く」のが楽しくて仕方がなかったのですよ。そしてライターとして文章を書いている傍らで、インターネットが普及し始めコレは良いぞと日記サイトを始めるようになりなんやらかんやらで今に至るわけです。
とにかく書くのが好きでしたが、サークルの会報作ったり人に見せる小説を書いたりしていたので「文章とは人に見せるもの」という感覚は相当古くからあったように感じます。ライトノベル好きな人にラノベ風文体で手紙を書いてみたり、ラブクラフト文体であれこれしてみたり、文章とは自分にとって数少ない「人を楽しませる手段」でありました。
さてさて。
店長は「努力はしてきたはずだが自身にはあまり『努力』としては認識されていない」と語られていますが、この点こそがまさにマッチョofマッチョなポイントであると思います。そしてまた、こと文章に関しては強く同感するところでもあります。
努力であることには違いないんだけど、楽しいんですよねこの努力が。あーでもねぇこーでもねぇと頭捻らせて、書いた文章をざっくり消して書きなおしてみたらすっきりわかりやすくなっていたり、気合一発勢いだけで書いてみたらあら不思議自分で予想していないイイ感じの言い回しが生まれちゃったり。
で、そうしたあれこれの工夫がびしっと読んだ人に届いた時の快感たるや。

そんなわけでまぁ「同じ属性の人」ではあるのですが、それだけにコンビニ店長が自らを分析するように、そのスタンスで「ブログノウハウ系」に殴りこんじゃうのはちょっとカッチョよすぎるしマッチョすぎるよねーと思ったりするのです。特に多少なりと読んでくれる人が増えちゃうと、もう無敵になっちゃうから。
で、こういうマッチョ宣言は、同類のマッチョたちの血をこの上なくたぎらせるのだけど、同じマッチョならこっちがなにか言わなくても勝手に書いているものなので、まぁいいですよねと。
むしろ自分がブログ論を書くなら、少しでも多く「じゃあ書いてみようかな?」と思う人が増えるといいなぁ、そんでいい文章が読めるといいなぁ…と思って書きたいなと、俺は思っております。

あと前回エントリで「あくまで自分の記録のために、自分のために書いてる」という人が何人か見られたのですが、それはそれですごく良いことだと思います。俺もF1のレース記録は自分のために書いてますし。すばらしいのだけど、世のブログ論とはちょっと違うスタンスだと思うので、カチンとくることはないんじゃないかなと。

うん、なんか落とし所がみつからなくなってきたのでこのへんで。

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