Twitpicの終わりに改めて思い出すネット幻想

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流れよう、流されよう、この波に揺らされるラフダボルズィロです。もう真っ白です。

Twitpicが9月25日に終了する、というニュースが多くのネットユーザーを驚かせました。

Twitpic、9月25日に閉鎖。Twitterからの法的要請が理由 – TechCrunch

raf00も結構な数の写真をTwitpicに上げていたのですが、よくもまぁこんなしょうもない写真の数々を…というのがダボル驚きでした。
個人的にはその程度ですが、絵描きクラスタや人の古いTweetを眺めたい人たちにとっては影響少なからぬ事件です。
今でこそ「なんで公式を使わないの?」と言う人もいるでしょうが、かつては写真付きTweetをする際にはTwitpicを始めとするサードパーティのサービスが欠かせませんでした。多くのTwitterクライアントに標準で接続されていたので、知らずに使っていた人も多いでしょう。
しかし2014年の9月25日に、Twitterの過去の記録がざっくりと切り取られることになってしまいます。
個々人のiPhoneに元写真は残っているでしょう。新たにアップロードしなおすこともできるでしょう。しかし、当時のタイムラインとして紐付けられていた写真は、25日に多くが消えることになります。

さて。
こうした機会を迎えるたびに、ネット黎明期に盛んに叫ばれてきた「インターネットの輝かしい未来」が思い起こされます。

「インターネットでは全ての情報が記録され保存される。例え今クズのように思われる個人の日常記録であっても、100年200年後の世界では貴重な記録になりうる」

こんな言葉が使われていました。
多くの識者がインターネットの特性としてこれを語り、raf00も「情報が後世に残る時代の到来」に目を輝かせていたのを思い出します。

しかし、それは幻想に過ぎませんでした。
黎明期の貴重な日記サイトはほとんど現存していません。個人で取得した独自ドメインは切れ、レンタルサーバーは契約期間が終了し、あるいは運営者が自らの意思でサイトを閉鎖しています。リンク集は穴開きだらけになり、無料のホームページサービスも次々と終わり、様々な情報が書き込まれた掲示板も閉鎖されていきました。
Internet Archiveが過去の情報を溜め込み続けていますが完全とは言えません。
100年200年先の資料になるどころか、10年前の情報すら辿ることのできないインターネット。

今立ち返って考えてみれば、当時であっても幻想であるなんて理解できたでしょうし、日記サイト時代から情報を全て消して去っていくサイト管理者はそれなりにいたものですが、輝かしい革命の中にあって信じたくなかったのかもしれませんね。

そんなことを思い出してしまうなぁ…と書いていたら、はてな匿名ダイアリーで似たような感傷を描いた増田がいたので、もうそっちを読めばいいじゃない!私知らない!

10年前ネットサーフィンしていたサイトはもう残っていない

しかしまぁ、幻想は幻想であったとしても。
「50年先にコンテンツが残る」ということを本気で考えたビジネスをインターネット業界はそろそろ真面目に考えていくべきだよなー、などとは思っています。
SNSやクローズドになるWebとは完全に逆の流れではありますが。

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