渋谷の終わりとマイルドヤンキーワンダーランド(上)

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計算士と記号士の話でも、魅力的に太った娘の話でも、高級車を乗り回しながら二級か三級のソファーしか置かない話でも、三十六時間に2~3回セックスする話でも一角獣の話でも美味しいキュウリのサンドイッチの話でもなく、「渋谷の若者文化衰退」の話と、最近やたらと登場するキーワード「マイルドヤンキー」について軽く書き散らしていきましょう。

■渋谷の終わり

マイルドヤンキー話の前にまず。

渋谷の若者文化衰退の悲劇

ちょっと前にこのようなエントリが挙げられていました。

確かに最近の渋谷を眺めていると「若者文化発信地」としてのかつての威光は翳っているように見受けられます。
言及されるようにヤマダ電機やTSUTAYA、ユニクロ、ブックオフなどといった郊外型のビジネスが渋谷に大々的に進出し、尖がった店よりも目立っており、独特だったストリート文化も近年は目立つトピックがありませんし。

しかしよくよく考えてみれば「若者の街、渋谷」というのは近隣の原宿青山などとは違い、独自性が極端に強いものではなく、時代時代のカリスマタレントや海外トレンド、そしてパルコやタワレコHMV、109の東急グループなど「ムーブメントを作ったるで!」という気概に溢れた大企業によって発展してきました。街というのは消費者ではなく販売者が色を作っていくという点は全国共通ですが、渋谷の場合はさらに進んで「全国に広まるべきスタンダードな商品が、まず最初に売り出され話題作りされる場」であったように感じられます。

そして「大企業が全国に先駆けて最初に試みる街、渋谷」であったからこそ、若者も話題を求めて集まっていたのでしょう。渋谷に行けば流行から遅れずに済む、渋谷にいれば最先端の何かに触れているカッコいい自分でいられる。相応に歳を食ってしまった今から考えれば馬鹿馬鹿しいことですが、渋谷に足繁く通っていた中学高校には、確かにぼんやりとそんな魅力を感じていたように思います。
そしてこの魅力は情報も流通も超高速で地方に届けられる時代になりアドバンテージを失っていきます。
インターネットが各地の流行を即時に全国に伝え、流行に対するアクションはこれまでよりも圧倒的に早くなっています。それに応える流通も非常に洗練され、専門店が普及する前にコンビニやショッピングモールが商品をそろえられるようになってしまっています。
今後、都市そのものが情報であった時代に戻ることはないのでしょう。渋谷という街が賑わいを失うことは向こう当面ありえませんが、「若者が憧れるあの”渋谷”」は衰退してしまったのだと思います。

以下のエントリ「東京の求心力低下」が示されていますが、「情報発信地東京」の機能が弱まっている点はとても同感できるところです。

マイルドヤンキー論って要は、東京の求心力の低下を表してるんじゃないの?

これまで東京がもっていた語るべき要素の多さ、東京に暮らす人たちの独特な傾向については様々な分析、考察が多くのニュースメディアや社会学者、あるいはしたり顔の考察屋(要するに上記のような語りが好きな人…と、言ってて自分が悲しい)によってなされていましたが、ゼロ年代中盤から、彼らの興味対象は一気に「都会」から「地方」に移っているように感じられます。

で、そんな都会語りと対になる地方語りとして、(下)では「マイルドヤンキー」について書き散らしたいと思います。

いやそれにしても、代わって渋谷に配置されたのがヤマダ電機やTSUTAYA、ブックオフなど郊外に力を持つビジネスであったというのは実に興味深い状況です。
世の中の話題が「都会」から「地方」に、注目ビジネスがロードサイド的な業態に移っている中、そんな状況すらも街の構成要素として反映してしまうのはいかにも「時代の鏡」である渋谷らしく、やっぱり個人的には愛すべき存在です。

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